舞台「薔薇と白鳥」を語る

東京は梅雨真っ只中。前日も朝から夜まで雨だった。 天気予報は当日も雨を予報していたけれど、 2018年6月24日土曜日、その日は青空が見えていた。

JR新大久保駅を出て徒歩数分。 (この道を通うのも、今日が最後か。) なんて、さも自分が出演している役者さんにでもなったつもりで足をすすめる。

この日のチケットは、一般発売で手に入れた。同行者はいない。 それが余計にセンチメンタルな気持ちにさせたのかもしれない。

この日が私にとって最後の観劇だった。 1ヶ月のあいだ、毎回感動して泣くくせになにも形に残せなかったから 今日は頭に叩き込もうと決めていた。

私の中の「薔薇と白鳥」を書き留めておきたくて。

◆◆◆

劇中で、大好きな台詞がある。

「だめよ。決して人に見せてはいけない。 キットに言われたでしょう。」

2幕のクライマックスに出てくる、ジョーンの台詞。

この台詞の中に、マーロウとシェイクスピア そしてジョーンも合わせた3人の関係が詰まっている気がしてすごく胸が苦しくなる。 毎回絶対にここで涙が溢れた。

ジョーンも、マーロウを愛してくれていたんだな…


舞台は16世紀末の英国。 全体的に時代背景を存分に生かし、アンティーク感の漂うしっとりとした世界観だが 少しユーモアを効かせてクスッとさせてくれるシーンがある。

公演期間の後半は、少しアドリブも効かせたり 同じ台詞でも表現の仕方が違ったりで毎回すごく楽しみにしていた。

1幕、自習奔放なマーロウの少しおちゃめというか子供みたいというか。。。 そんな部分が見える台詞もお気に入りだった。

「あぁ~失礼。つい口が。」

そう言って、唇に人差し指を当てる。

手すりに手をついて、少し身体を傾けて。

仕事を依頼されている場面なのに、態度がすごくふてぶてしい。 思ったことが口をついて出るタイプのマーロウらしい。

同じように、包帯ブラザーズの逆襲の場面。 逃げましょう!とシェイクスピアがマーロウの腕を取る。

「逃げるのかぁ?」

周りでは敵がナイフを振り回す。

劇場のみなさんに迷惑がかかりますから。 正義感あふれるシェイクスピアの台詞へこう返す。

「お利口さんなこった。」

元はといえば、乱闘になった原因はマーロウにある。 なのになんて呑気なんだろう。 そんなことを考えてこの台詞を聞くと、怒りとか驚きよりも身体のちからが抜けるようなほっこり感があった。

本物のクリストファー・マーロウはおちゃらけた人だったんだろうか?


2幕は1幕から3年が経った世界。

成功し、大きく成長しつつも苦しむシェイクスピアと もし同じ立場だったら誰もが諦めるであろう未来をひたすらに信じ、突き進むマーロウ。

そして、ネッドのものになったジョーン。

観劇初日はマーロウの「亭主が呼んでるぞ。」で涙腺が崩壊した。

舞台の1箇所だけ、ジョーンが「マーロウ」と呼ぶ。

後ろを振り返らずに行くマーロウを呼び止める。

あのとき、いつものようにジョーンが「キット」と呼んでいたら なにか違う未来があったのだろうか?


「言えよ。俺が一緒に抱えてやる。」

「逃げるな。恐怖に打ち勝て。お前なら出来る。」

マーロウがシェイクスピアに向けた言葉。

常に行き詰まった人生を送っている自分には、すごく胸に響いた。

物語の終盤、マーロウは決意を胸にシェイクスピアを説得しに行く。 本当は結末を予感していたのかもしれない。

「お前には才能がある。」

その才能があるシェイクスピアに演劇の、詩人の未来を託して彼は夜の帳に身を隠す…。

「アルプスまで足を延ばすつもりだったんだが…ダメか…。」

最後の最後まで、クリストファー・マーロウは詩人だった。

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